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東京地方裁判所 昭和32年(行)62号 判決

東京都千代田区大手町産業会館内

インターナシヨナル・ゼネラル・エレクトリツク・カンパニー内

原告

エム・シー・ソダノ

右訴訟代理人弁護土

エルマー・イー・ウエルテイ

右訟訴復代理人弁護土

笠利進

飯野仁

赤松介

同区大手町一丁目七番地

被告

東京国税局長

中西泰男

右指定代理人

森川憲明

鴨原久男

黒田濶

高木雄次郎

若松恵吉

右当事者間の昭和三十二年(行)第六二号所得税審査決定取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一原告の申立

被告が原告に対し昭和三十二年五月十日付でなした原告の昭和三十年度所得税に関する審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める

第二被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三原告の主張

一  原告は昭和三十年度分の所得税につき麹町税務署長に対し総所得税金額を六十九万二千九十一円、税額を二十一万一千七百五十円として確定申告したところ、麹町税務署長は昭和三十一年八月二十三日付で課税総所得金額を百三十五万四千百円、税額を五十四万五千三百円と更正し、その頃原告に通知した。

二  原吾は右更正決定通知書に国税局調査の旨の記載があつたので、右処分につき被告に対し審査の請求をしたところ、被吾は昭和三十二年五月十日付で右請求を棄却する旨決定し、その頃原告に通知した。

三  しかしながら、被吾の右処分は次の理由により違法である。

(一)  訴外ゼネラル、エレクトリツク、カンパニー(以下訴外会社という)は米国ニユーヨーク州法に準拠して設立され、本店をニユーヨーク、二二、レキシントン、アヴエニユー、五七〇番地に有し、電気的製品の製造及び販売並びにこれに関連する業務(海外投資、技術指導、技術顧問等)を営む会社(法人)であるが、旧租税特別措置法(昭和二十一年法律第十五号、以下法という)第五条第一項の外資法人である東京芝浦電気株式会社(以下東芝電気という)と、特許実施権設定契約と技術顧問契約とからなる技術援助契約を結び、技術資料の提供及び技術指導の業務を行い、なお、東芝電気のほか古河電気工業株式会社等七社とも右同様の技術援助契約をなしているものである。

(二)  したがつて、訴外会社は、昭和二十六年十月十九日大蔵省告示第一五〇一号(以下告示という)第二項所定の技術顧問業にも従事しているというべきであるから、訴外会社は、その事業活動により外資法人の事業活動が容易となり、かつ外国資本の適正な導入が促進されることとなる事業を営む法人として、法第五条の二第一項所定の法人である。

(三)  原吾は昭和二十六年四月一日から日本に居所を有し、右訴外会社に勤務して昭和三十年度に訴外会社から百四十三万六千六百八十二円の給与の支払を受けたことは争わないが、右給与所得については基礎控除の上法第五条の二により、その十分の五に相当する金額を控除した金額をもつて所得税法第九条第五号の収入金額とさるべきであるにもかかわらず、右給与全額を収入金額としてなした麹町税務署長の更正処分は違法であり、したがつて、右処分を適法として原告の審査請求を棄却した被告の処分もまた違法である。

四  よつて被告の右処分の取消を求めるための本訴に及んだ。

第四、被告の答弁及び主張

一、第一、第二項は認める。

第三項の(一)は認める(但し、関連業務として技術顧問業を行つているとの点は不知)。

第三項の(二)は否認する。

第三項の(三)中、原告が昭和二十六年四月一日から日本に居所を有し、訴外会社に勤務して昭和三十年度に訴外会社から百四十三万六千六百八十二円の給与の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

二  被告の主張

(一)  訴外会社は告示第二項所定の技術顧問業に従事しておらず、右告示に大蔵大臣の定めている種類の事業を営んでいないのであるから、法第五条の二第一項所定の法人ではない。

(二)  仮りに訴外会社が法第五条の二第一項所定の法人であるとしても、その法人から支払をうける給与所得について、同条項の規定の適用をうけるためには、法所定の申告書を当該給与所得の支払者を経由して政府に提出しなければならないところ、原告はこのような手続を履蹟していないから、原告の給与所得には法第五条の二第一項は適用されない。なお、本件に関する被告の審査決定の理由に、訴外会社が法第五条の二第一項に規定する事業を営む法人であるとは認められない旨の記載があるのみで、申告書不提出の点については何等言及していないことは認める。

(三)  したがつて、原告が訴外会社から支払をうけた給与所得について、右法条を適用せず、原告が同社から支払をうけた給与全額をそのまま収入金額として麹町税務署長がなした更正処分及び右処分を不服としてなした原告の審査請求を棄却した被告の決定は適法である。

第五被告の主張に対する答弁

原告が法第五条の二第二項所定の申告書を提出していないことは認める。しかし

(一)  同条第一項の規定の適用の有無については、元来職権をもつて調査すべきもので、同条第二項の規定は、第一項の適用の有無について判断の資料を集めるについて政府が納税義務者に協力を求めるための規定にすぎないと解すべきものであるから、同条第二項の手続を履んでいなくても原告は第一項の適用をうけるべきである。

(二)  同条第二項の定める手続は、同法施行規則により、所定の申告書を毎年最初に給与所得の支払をうける日(又は年の途中より給与所得の支払をうける日)の前日までに、給与支払者を経由して所轄税務署長に提出すべきこととされているが、これは例えば、年末に日本国に居所を定めたある外国人が、翌年一月四日に最初の給与所得の支払をうけ、しかも給与支払者が米国にあるというような場合を考れば、法第五条の二第一項の適用をうけるために納税者たる右外国人に、時間的距離的に事実上不可能なことを強いるもので、憲法第三十条第八十四条の法意に反する無効な規定というべきであるから、右第二項の手続を履むことを要しない。

(三)  仮りに右がいずれも理由ないとしても、本件に関する被告の審査決定の理由には、訴外会社が法第五条の二第一項に規定する事実を営む法人であることは認められない旨の記載があるのみで、申告書不提出の点については何等言及されていないから、右不提出の違法は治癒されたものというべきである。

第六証拠

原告訴訟代理人は甲第一ないし第四号証を提出し、被告指定代理人は甲第一ないし第三号証の成立は認める、同第四号証の成立は東京駐在米国領事の公証部分のみ認め、その余は不知と述べた。

理由

原告の主張第一、第二項は当事者間に争がない。

そこで被告の本件処分の適否につき判断する。

原告が昭和二十六年四月一日から日本に居所を有し、原告主張の訴外会社に勤務して、昭和三十年度に訴外会社から百四十三万六千六百八十二円の給与の支払をうけたことは当事者間に争がないので原告が右年度に支払をうけた給与につき法第五条の二第一項の適用があるかどうかにつき考えてみる。

訴外会社が法第五条の二第一項所定の法人かどうかはしばらくおき、同条項の適用をうけようとする者は一定の事項を記載した申告書を給与所得の支払者を経由して毎年最初に給与所得の支払をうける日(年の中途においてあらたに給与所得を有するにいたつた者については最初に給与所得の支払をうける日)の前日までに該当支払者の所轄税務署長に提出しなければならないところ原告が所定の申告書を提出していないことは当事者間に争がない。

原告は法五条の二第一項の適用の有無については元来職権で調査すべきものであるから、同第二項の手続を履んでいなくても、第一項の適用をうけるべきであると主張するが、法第五条の二第一項の規定は、同項に該当する給与所得者の所得税額を軽減するために設けられた所得税に関する特別規定であるため、納税者の申告をまつてはじめてこれを適用することとするとともにその申告をしなかつた者に対しては、その適用をしない旨を第二項において定めたものと解せられる。従つて納税者たる原告からの申告がなかつた以上税務官署においてはこれを適用する義務がないばかりでなく、申告がないのに職権で右規定を適用することもできないと解すべきである。よつてこの点の原告の主張は理由がない。また、同条第二項及び同法施行規則の定める申告書提出の手続は納税者に事実上不可能なことを強いるもので、違憲無効の規定であるとの主張も、原告主張の設例のような場合を考慮しても納税者に申告書提出につき不可能なことを強いることになるとは考えられない。設例の場合、一月三日が一般の慣行上休日とされている関係上、申告書の提出期限はその翌日まで延びるものと考えられるし、施行規則第六条第二項によれば、期限遵守の関係では期限内に申告書が給与所得の支払者に提出されれば足り、必ずしも右支払者を経由して税務官署まで到達していることを要しないのであるから、これらを考えれば、申告書提出が不可能であるとは考えられないばかりでなく、原告は昭和二十六年四月から日本に居所を有し、かつ、昭和三十年度分の所得に関するものであるから、申告書提出が事実上不可能とは到底いいがたい。また、本件に関する被告の審査決定の理由として、訴外会社が法第五条の二第一項に規定する事業を営む法人とは認められない旨の記載があるのみで、申告書不提出の点について言及するところのなかつたことは当事者間に争がないが、それは原告の申告の懈怠を宥怒する趣旨ではなく、たとえ原告において所定の申告をしたとしても右規定の適用をうける資格がないことを示したにとどまるものと解せられる。したがつて、審査決定の理由に申告書不提出の点を示していないからといつて、右不提出の違法が治癒されたものということはできない。

そうすると原告が訴外会社から支払をうけた前記給与所得については、その余の点につき判断するまでもなく法第五条の二第一項の適用はないというべきであるから、右給与全額を所得税法第九条第五号の収入金額としてなした麹町税務署長の更正処分には原告主張のような違法はなく、したがつて、右処分を適法として原告の審査請求を棄却した被告の処分も違法ではないというべきである。

よつて原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 地京武人 裁判官 桜井敏雄)

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